ベアトリスの遊学帳

宗教、文学、歴史、言葉遊びなどを扱うブログ。

あるキリスト教徒との対話 その21

あるキリスト教徒との対話 その21


<前回までの流れ>
2018年12月、我が家の玄関先に勧誘に訪れたクリスチャン(モルモン教徒2名)。聖書を読み始めて疑問だらけだった私は、スーパーの座れるスぺ―スに場所変えて改めて会うことに。この記事はその時のやり取りをまとめたものである。

旧約聖書の創世記から。
キリスト教について完全なド素人で無知な人間が素朴に抱いた疑問を投げてみた。
対話したモルモン教徒は2名だがまとめてElder、私自身をBeatriceと表記する。

 

18個目の質問
 ⑱ ノアはひどい人ではないのか?

 

 

Beatrice: 

ノアは唯一の正しい人間と神から認められました。

しかし聖書にこんなことが書いてあります。

ノアがワインを飲み過ぎて泥酔、全裸で寝てしまう。

3人の息子シェム、ジャフェスそして末っ子ハムがそれに気づく。

ハムはそれをしっかりと見て他の人に言いふらす。

一方シェムとジャフェスは他言せず、そっと父親の身体に布をかけてやる。

しかもその際、ノアの姿を見ないようにするという心配り。

酔いから醒めたノアは一部始終を知り、末っ子ハムの所業に怒る。

そしてハムの息子カナーン、いわば自分の孫を呪って

他の息子たちの奴隷の身分に落として冷遇する。

さてノア。

神から唯一の善人と認められて評価されているノアですが、

けっこうひどい人じゃないか?

自分が酔っぱらって裸で寝ておいて、それを棚に上げて他者を責める。

確かにハムは無礼だったかもしれない。

他の2名と比べたら。

だからハム本人を呪うならまだ理解できます。

しかしカナーンはハムの息子です。

何の罪もない自分の孫を呪うとは、ひどいじゃないですか?

 

 

Elder:

 誰にでも間違いはあるから・・・

 

 

Beatrice: 

これが普通の人間だったらそれで済みます。

 

「誰にでも間違いはある。」

 

しかしノアは神から唯一の善人と認められた特殊な存在のはずです。

おかしいんじゃないですか?

罪もない孫を呪うという行為を神は正しいと考えるんですか?

 

Elder:

正しくありません。

これはノアが間違えたんです。

 

Beatrice:

もしかしたら、これがノアの最初の間違いだったのでしょうか?

ノアの箱舟の件までは彼は完璧だった。

でもこれはその後に起きたことだから。

これが最初の間違い?

(今まで読んだ範囲では、ノアがこのことで神から怒られる場面は出て来ないぞ。無罪放免か?おかしくないか?と内心思う。そして答えを待つ。)

 

Elder:

誰にでも間違いはあります。

ノアですら間違えました。

しかし神はノアを愛し続けるんです。

間違いを犯しても神は私たちを、あなたを愛する。

それが神です。

人間は大なり小なり間違いを犯します。

ノアの間違いは比較的小さな間違いです。

 

Beatrice: 小さな間違い?

 

Elder: そのとおり。

 

 

Beatrice:

以上で質問は終わりです。

私は聖書をまだほんの少ししか読んでいません。

これからも読む続けます。

時間がかかると思いますが。

 

Elder: 

どのぐらいの時間が必要ですか?

1週間はどうですか?

1週間後に我々は再会して次のステップを・・・。

 

Beatrice: 

聖書を読むのにはもしかしたら一生かかるかもしれません。

少しずつ読んで勉強します。

私が今日あなた方に来て頂いたのは、聖書を1つの読み物として関心を持ち好奇心から質問がしたかったからです。

あなた方のメンバーになる気はありません。

もしそれが目的で私との再会を望むのなら、

それはあなた方にとって時間の無駄となりますよ。

 

Elder: 

質問に応じるのは大歓迎です。

無駄などということはあり得ません。

我々はあなたに何も強いない。

もしまた疑問が湧いたら、携帯電話にテキストして。

そして、これを読んで。(1つの書物を差し出す。)

 

Beatrice: 

どうもありがとう。

必ず読みます。

今日はあなた方の貴重な時間を割いてくれてありがとう。

 

Elder: 

どういたしまして。

では、さようなら。

 

Beatrice: 

さようなら。

 

<ベアトリス心の声>

旧約聖書の英訳を字面どおりに読むと、ノアってろくでなしにしか思えない。

キリスト教徒の中ではもっと色々な解釈があって、キリスト教の神からえこひいきされるに相応しいすごい人ってことなのかもしれない。

映画にもなったみたいだし、観てみようかな。

 

この会合が終わった後、夫にノアの件を話してみた。

ノアってひどい(terrible)と思うんだけれど、どう思う?と。

夫曰く「そう考えるのも分かるけどさ、そもそもお前にとってTERRIBLEという言葉の定義って何よ?」と訊かれて、ちょっと考え込んだ。

 

小学館のランダムハウス英和辞典にはこう書いてある。

 

terrible

形容詞. 1.悲惨な;過酷な,厳しい:激しい、極度の 2.ひどく悪い「粗末な、つまらない」ひどい;ひどく下手 3.恐ろしい、怖い 4.恐るべき, 並々でない, 甚だしい, 手に負えない

イメージ的にterribleって身勝手で迷惑でとにかくロクでもないという感じの意味でとらえていた。まぁ何かがすごく下手っていう意味でも時々使うけれど、自分に対して。

あたらめて英和辞典を見ると、前者の意味合いはちょっと弱いかな?

ではオクスフォード英英を見てみる。

 

Extremely bad or serious.

Extremely unpleasant or disagreeable.

Very unskilful.

 Used to emphasize the extent of something unpleasant or bad.

Very unwell or troubled.

Causing or likely to cause terror; sinister.

 

Origin

Late Middle English (in the sense ‘causing terror’): via French from Latin terribilis, from terrere ‘frighten’.

 

Extremely unpleasant or disagreeableあたりが近いかぁ。

私がノアを表現したときのterribleって。

 

そりゃ誰だって間違えます。

でもさ、まともな人間だと思って唯一生き延びさせた(家族もついでにね)男がこれじゃ、神様もがっかりしないかな?

しないのか。

それが神様か。

今更引っ込みがつかないとか?

だから何かをやたら褒めると後が辛くなるよね。

・・・って神様はそういうレベルじゃないか。

 

ノアみたいな人も愛されるし、どんな間違いをおかした人間でも愛されるんだって。

キリスト教の神様から。

でもそのわりには、洪水の前には全員抹殺されちゃったけれどね。

悪人だからって。

納得いかない。

 

ここでこの日の対話は終了です。

後ほどの彼らとのテキストメッセージでのやりとり、他のモルモンたちとの対話も記事にしたいと思っています。

 

ご覧いただきありがとうございます。

 

 

 

 

 

あるキリスト教徒との対話 その20

あるキリスト教徒との対話 その20


<前回までの流れ>
2018年12月、我が家の玄関先に勧誘に訪れたクリスチャン(モルモン教徒2名)。聖書を読み始めて疑問だらけだった私は、スーパーの座れるスぺ―スに場所変えて改めて会うことに。この記事はその時のやり取りをまとめたものである。

旧約聖書の創世記から。
キリスト教について完全なド素人で無知な人間が素朴に抱いた疑問を投げてみた。
対話したモルモン教徒は2名だがまとめてElder、私自身をBeatriceと表記する。

 

17個目の質問
 ⑰ 生食は神の意思に反するか

 

Beatrice: 

聖書の記述に「命あるものの肉、血を食うべからず。」という神の言葉があります。

これは具体的に何を意味するのですか?

 

Elder:

 生肉は食べてはいけないと言っています。

 

Beatrice:

 生食全部が駄目?

 

Elder: 

寿司は大丈夫。問題ないです。

 

Beatrice: 

・・・・・・。寿司が大丈夫といってくれて個人的には嬉しいです。

しかし言いたくないけれど、それは生食禁止の考えに矛盾してはいませんか?

 

Elder:

 神が禁じる生食とは、血まみれの肉ということなのです。

だから魚の刺身なんかは全く問題ありません。

 

Beatrice:

 私は日本人です。日本人は食文化として鶏肉を生食します。それについては?

 

Elder:

 殺して洗えば大丈夫。生きたまま血まみれの鶏を食ったりするのは駄目です。

でも食べる前にちゃんと殺してあげて、洗浄すれば大丈夫。

 

Beatrice: 

日本人は牛や馬も生で食します。殺して洗えばオーケーなの?

 

Elder: 

そのとおり。私だって牛ステーキののミディアム・レアが好きです。同じことです。

 

Beatrice:

 生きたまま食べるのは駄目と言いましたね?

 実は私はかつて海老を活きたまま食したことがあります。

あれも神の意思に反するんですか?

 

Elder:

 生きたまま食った?

 

Beatrice: 

そうです。友人宅の夕食で、ボール一杯に生きた海老が入っており私はそれを手でつかんで生きたまま食ってやった。これは神の意思に反するのですか?

 

Elder: 

(しばし沈黙)それは大丈夫です。血は無いでしょう?

 

Beatrice: 

血は全然ありませんでした。

 

Elder: 

それなら問題ないです。血まみれがイカン。血を流して苦しむ動物を食うのは駄目だが、あなたのケースは問題ないです。海老は苦痛は感じないはすです。

 

Beatrice:

 海老、イカ、魚、そのあたりの生物は痛みを感じないのでしょうか。非常に興味のある話題です。

 

Elder:

感じないと私は考えています。もしかして少しでも苦しんでいたら駄目だから、釣ったさいには早く殺してあげて。即殺して。私も故郷では釣りをたしなみますが、釣ったら1秒でも早くその命を絶つようにしています。食いもしないのに面白がって釣って、そこら辺んに放置するのがイカン。釣ったら即殺して食う。これでいいです。

 

 

<ベアトリス心の声>

 

宗教のあれは駄目これは大丈夫という判断基準って、

時代の変化と共に変わってきているよね。

 

例えばモルモン教って、昔は重婚オーケーだったんでしょ?

一夫多妻制ね。

 

現在は確か一夫一婦が基本になっているはず。

 

食べ物について私の都合に合った戒律みたいで、耳に聞き心地はよかった。

 

これも時代と共に変わって来たんでしょうねぇ。

 

神様ってフレキシブルなのね。

 

あるいは人間が神様の名を使って、勝手にその場その場で

都合の良いことを言っているだけとかね。

 

動物の痛みなんていちいち考えていたら、食うもんなくなりますからねぇ。

 

・・・と言いつつ、今日も我が愛犬の様子が心配な私。

 

同じ動物なのに、大事なペットであるか、

食用家畜・食用野生動物であるかでこの認識の差。

 

つくづく勝手だなぁと思う。

 

あるキリスト教徒との対話 その19

 

あるキリスト教徒との対話 その19


<前回までの流れ>
2018年12月、我が家の玄関先に勧誘に訪れたクリスチャン(モルモン教徒2名)。聖書を読み始めて疑問だらけだった私は、スーパーの座れるスぺ―スに場所変えて改めて会うことに。この記事はその時のやり取りをまとめたものである。

旧約聖書の創世記から。
キリスト教について完全なド素人で無知な人間が素朴に抱いた疑問を投げてみた。
対話したモルモン教徒は2名だがまとめてElder、私自身をBeatriceと表記する。

 

16個目の質問
⑯ 殺すことは神の意思に反するか

 

 

Beatrice:

 第9章で神ははっきりと殺生を禁じています。それについて話が聞きたいです。

 

Elder: 

動物を狩ることの是非ですか?

 

Beatrice: 

それも大事な問題ですが、私が聞きたいのは人間殺しの方です。

 

Elder:  

人を殺すのはもちろんいけないことです。

 

Beatrice:

 戦争はどうですか?あれも殺し合いですね。人間は歴史の中で幾多の戦争をして殺し合って来たし、今でも続いています。これは神の意思に反するんですか?

 

Elder: 

基本的に自己防御のために結果として人を殺すのはやむを得ないことです。しかし軍を作って他国に攻めていくのはよろしくない。

 

Beatrice: 

戦争が起きるには複雑な要因が絡みます。そのままにしておいたら自国がやられてしまうから、防衛のための防衛戦争を始めることだってあります。それも神の意思に反するんですか?

 

Elder:

 難しい問題です。個々のケースに拠ります。国のため、家族や大事な人間を守るために結果的に人を殺めるのはいた仕方ない場合もあります。

 

Beatrice: 

次は権力、司法、当局による殺人についてです。いわゆる死刑です。死刑も権力をもって人の命を奪うという観点からすると、殺しです。これは神の意思に反しますか?

 

Elder: 

これもケースバイケースです。

 

Beatrice:

 ケースバイケースとして判断するとおっしゃいますけど、国や地域によって違った法律をもっていますよね?他文化の人間が、自分たちの価値観から他国の法律をジャッジするというのはフェアではないと思います。それぞれ違った価値観を持っている訳で。どう思います?

 

Elder: 

難しい問題です。1つ1つ考えていく必要があります。

 

Beatrice: 

過去において権力は、現在からすると考えられないような理由で人を死刑にして来ました。それについても、現在の価値基準から彼らをジャッジするのは意味がない事のように思えますが。

 

Elder: 

これも1つ1つ検証する必要があります。ケースバイケースです。

 

Beatrice: 

さて、動物殺しに話を移します。動物を殺すことは神の意思に反するのでしょうか?

 

Elder:

 生きるための糧を得るために動物を狩ることは神の意思に反していません。

 

Beatrice: 

食べ物としての動物を殺すのはオーケー?

 

Elder: 

そうです。しかし楽しみのために動物を殺すことは許されません。神の意思に反します。

 

Beatrice: 

スポーツ、娯楽としてのハンティングは神の意思に反するということですね?

 

Elder: 

そのとおりです。

Beatrice:

 古くから、例えば欧州の貴族などはたしなみとしてハンティングに興じて来たし、ある種の文化として確立しています。それでもやはり楽しみのための狩りは神の意思に背くことですか?

 

Elder: 

そのとおりです。

 

Beatrice:

 私も楽しみのために動物を殺すことには賛成できません。その点はあなたの神に賛成です。しかし夫があなたの神の考えを知ったら不快に思うかもしれません。なぜなら私の夫は娯楽としてのハンティングに賛成派だからです。今現在はハンティングに参加することはしていませんが、かつては盛んに行っていたようだし。彼の考え方は変わっていません。夫の考えは駄目ってことですか?

 

Elder: 

食べればオーケー。食べるでしょ?後で?

 

Beatrice:

 食べる・・・と思う。きっと食べますね。

 

Elder:

 それならば問題ないです。ただ面白おかしく動物を殺して放置したりするのがイカンということです。

 

Beatrice:

 魚釣りはどうですか?あれも魚を殺していますけど?

 

Elder: 

確かに釣りも1種の殺しです。

 

Beatrice: 

やはりそうですか。残念です(内心:始めたいのに・・・)。

 

Elder:

 食べれば大丈夫。食べるためなら神の意思に反した殺しではありません。

 

Beatrice:

 食べます。絶対に食べる。

 

Elder: ならば何の問題もありません。

 

 

 

<ベアトリス心の声>

彼らの発言をまとまると、人間殺しは正当防衛なら神の意思に反しないということ。

 

で、私は正当かどうかを判断する基準は何かを問うたわけ。

 

そうしたら彼らの答えは「ケースバイケースで考える」に始終していた。

 

私は彼らの神の判断について尋ねたんだけれどなぁ。

 

ケースバイケースで考えるって、誰が考えるの?

 

人間?

 

人間が、あれは大丈夫とかこれは駄目とか判断するの?

 

そんじゃ神様は関係無いじゃない?

 

結局彼らの宗教グループの偉い人とか、

その人たちとつながっている権力者の都合によって

善悪の基準が決まるんじゃ?

 

動物については殺した後で食べるなら問題ないそうだ。

 

正直言うと、私には私なりの自己中心的で感覚的な

「あれは駄目これはオーケー」の基準を持ってマス。

 

例えば魚なんかは全然オーケー。

 

食べるの大好きだし。

 

肉も好きですよ?

 

ベジタリアンなんかになる気はゼロです。

 

でも、犬とか猫とかは不可だな。

 

そもそも食べられないと思う。

 

食べるとしたら飢え過ぎた末の狂気の極限状態だろうな。

 

人間食いも然り。

 

虫?

 

平気で叩き殺すね。

 

食べもしないけれど。

 

蛇なんかビジュアル的に大嫌いなので、

以前我が家の裏庭に入り込んできたやつを見た時は

夫に殺してくれるよう頼んだ。

 

夫は「こいつ罪はないよ?害虫とか駆除してくれるむしろいいやつだよ?」

と蛇をかばおうとした。

 

それでも私は構わないと言った。

 

・・・私が言わんとしていることは、他の人は知らないけれど私自身は、

自己中心的な恐らく理屈ではとおらない判断基準を

自分の中にしっかと抱えているということ。

 

犬猫は殺せないと言いつつ、例外も自分で勝手に作っています。

 

病気や怪我で治る見込みもなく、苦しむためだけに生きているのなら

安楽死処置をしてもいいと考えています。

 

ほら、身勝手でしょ?

 

皆はどうだろう?

 

あるキリスト教徒との対話 その18

あるキリスト教徒との対話 その18


<前回までの流れ>
2018年12月、我が家の玄関先に勧誘に訪れたクリスチャン(モルモン教徒2名)。聖書を読み始めて疑問だらけだった私は、スーパーの座れるスぺ―スに場所変えて改めて会うことに。この記事はその時のやり取りをまとめたものである。

旧約聖書の創世記から。
キリスト教について完全なド素人で無知な人間が素朴に抱いた疑問を投げてみた。
対話したモルモン教徒は2名だがまとめてElder、私自身をBeatriceと表記する。

 

15個目の質問
⑭ 
 天の鳥とは何か

 

Beatrice:

 ノアの箱舟に乗せてもよいと神が決めた生物の中に、天(the heavens)の鳥7ペアがあります。これは神の天国に属する特殊な鳥なんですか?洪水の際、船の中で孤立するであろう彼らのための使者として活用できるように神が配慮したとか、そういうことでしょうか?

 

Elder:

 その天という言葉は、ただの空という意味であり天国の天ではありません。だからその鳥たちも普通の鳥です。

 

Beatrice: 私の考えすぎですか。

 

Elder:  (ニコニコして少し笑う。)

 

 

 

<ベアトリス心の声>

聖書に出て来る言葉は、そのままの解釈なのかと思ったら象徴的だったり、

逆に何かを象徴しているのかと思えば言葉そのままだったりするようだ。

 

彼らの話によれば、聖書に出て来る蛇は本当の生物の蛇ではなく、

サタンを表しているだけだった。

 

でも今回の天の鳥は、空を飛ぶ普通の鳥ってことみたい。

 

長い長い年月をかけた色んな解釈が混ざり合った結果、

聖書に文言一つにも意見が分かれたりするのかな。

 

色んな宗派の解釈の違いを比べてみると面白いかもしれない。

 

読み物から学ぶといいかなぁ。

 

下手に人から話を聞こうとすると熱心に勧誘されそうで怖いから。

 

興味をもっただけで信者になる気になったと思われたらかなわないよ。

 

どの宗派の人たちも、自分がそう教えられたのが

絶対に正しいって思っている節があるようだし。

 

 あるキリスト教徒との対話 その17

 あるキリスト教徒との対話 その17


<前回までの流れ>
2018年12月、我が家の玄関先に勧誘に訪れたクリスチャン(モルモン教徒2名)。聖書を読み始めて疑問だらけだった私は、スーパーの座れるスぺ―スに場所変えて改めて会うことに。この記事はその時のやり取りをまとめたものである。

旧約聖書の創世記から。
キリスト教について完全なド素人で無知な人間が素朴に抱いた疑問を投げてみた。
対話したモルモン教徒は2名だがまとめてElder、私自身をBeatriceと表記する。

 

14個目の質問
  清潔な動物・不浄な動物とは

 

Beatrice: 

旧約聖書にはこう書いてあります。ノアの箱舟に乗ることを許される動物は、あらゆる清潔(clean)な動物オス・メス7ペアと不浄(unclean)な動物オスメス1ペア。この清潔な動物と不浄な動物というのは具体的にどの動物を指しているんですか?

 

Elder: 

清潔な動物というのは魚類と鳥類です。不浄の動物は中身が血まみれの、よくある地上の動物です。

 

Beatrice:

 なるほど。実際には鳥も身体を裂くと血だらけですけど?

 

Elder: 

確かに実際には。しかし聖書で意味するところの清潔な動物とは、魚類と鳥類なんです。

 

 

 

<ベアトリス心の声>

 

鳥と魚は綺麗、陸の動物は汚いってことか。

これってモルモン教の独自の解釈なのかしら?

それともどの宗派にも共通しているのかしら?

 

他の宗教では不浄とみなす動物は食べてはいなけい規律になっていたりすることもある。

でも周囲のクリスチャンを見ていると、牛ステーキ、ポークリブBBQ、ラムチョップ・・・食べたい放題だね。

あまり関係無いのかな?

あ、モルモンの彼らは以前私に、羊はイエス・キリストだと説明した。

「へぇ、知らなかった~。」と思った私。

モルモンだけでなく他の宗派にとっても羊はイエス・キリストなの?

モルモンだけ?

異端だから?

異端だからイエス・キリストを食べちゃうの?

謎は増すばかりだ。

 

あるキリスト教徒との対話 その16

あるキリスト教徒との対話 その16


<前回までの流れ>
2018年12月、我が家の玄関先に勧誘に訪れたクリスチャン(モルモン教徒2名)。聖書を読み始めて疑問だらけだった私は、スーパーの座れるスぺ―スに場所変えて改めて会うことに。この記事はその時のやり取りをまとめたものである。

旧約聖書の創世記から。
キリスト教について完全なド素人で無知な人間が素朴に抱いた疑問を投げてみた。
対話したモルモン教徒は2名だがまとめてElder、私自身をBeatriceと表記する。

 

13個目の質問
⑬  ノア以外の全員が悪人だったのか


Beatrice:
 ノアの箱舟の話です。

神は人間に失望しますね。

争い合って殺し合ってばかりいるから。

 

 

Elder: 
そのとおり。

 

 

Beatrice:
 神は人間界の全てを滅ぼすことに決めました。

例外はノアと彼の家族と限られた数の動物のみ。

聖書にはノアのみが正しい人間とあります。

非が無いと書いてある。

他の人間はすべて罪人なんですか。

 

Elder: 
そのとおり。

ノア以外は全員罪人です。

 

Beatrice: 
女も?

 

Elder:
女も。

 

 


<ベアトリス心の声>


キリスト教の神にとって何が悪で何が悪でないかは

人間の判断基準とは違っているのだろう。

人間の考える悪というものをを当てはめて考えるのは、

無理があるんじゃないかと思う。

だって人間も1人1人考え方や感じ方は違うのだから。

その悪の定義は普遍的でなければならない。

1人を除いて全員悪で、そのために世界が滅ぼされちゃったのだから。

その悪とはキリスト教の神から見た悪だ。

人間の思考の範疇ではないことらしい。

 

女も?と確認したのは、女は男の所有物であり男に

支配される存在だったと考えたから。

そんな自由のない奴隷のような身でありながら、

こういう時にだけしっかり平等に罪人扱いするとすれば、

だいぶ男に虫のいい話だよなと思ったので。

しかしこの件についても、人間のこうした発想とは違った

次元の話をしているのかもしれない。

 

さらに私は、ノアってどんな偉大な素晴らしい人物

だったのだろうと勝手に期待を抱いた。

後からびっくり仰天するようなことが書いてあり、

こりゃ一筋縄ではいかんと思った。

その件についてはまた後日記事にする。

 

あるキリスト教徒との対話 その15

あるキリスト教徒との対話 その15



<前回までの流れ>
2018年12月、我が家の玄関先に勧誘に訪れたクリスチャン(モルモン教徒2名)。聖書を読み始めて疑問だらけだった私は、スーパーの座れるスぺ―スに場所変えて改めて会うことに。この記事はその時のやり取りをまとめたものである。

 

旧約聖書の創世記から。
キリスト教について完全なド素人で無知な人間が素朴に抱いた疑問を投げてみた。
対話したモルモン教徒は2名だがまとめてElder、私自身をBeatriceと表記する。

 

12個目の質問
⑫ そもそもアダムは人間なのか

 

 

Beatrice: 
アダムは930歳まで生きて死んだと書いてあります。930歳。人間なのに。(手元のメモにはその他、セス912歳、ラメック777歳、ノア950歳などズラリと書いてある。)この人たちは人間なのでしょうか

 

Elder: 
人間です。神は非常にパワフルだから、神の意思によりそれが可能となるのです。

 

Beatrice: 
後の第6章では、神は人間の寿命を120歳ほどに縮めることに決めたようですが(笑)。

 

Elder: (笑って頷く。)

 

Beatrice: 
でも実際には120歳まで生きるというのもあまりないケースです。

本当に120歳まで生きたら町の有名人でしょ?

 

Elder: 
それは個々人のケースによって神が定めた寿命が違って来るからです。

全ては神の意思なのです。

 

 

<ベアトリス心の声>
聖書に書いてあることは文字通りに解釈すべきでないケースもあれば、そのまま本当に起きたことだと考える場合もあるみたい。これらの年齢に関しては本当に文字通りのことらしい。アダムは930歳まで生きたんだって、彼らの話によると。その区別の仕方が分からないなぁ。宗派によって解釈も全然違っていたりしてね。

ここのところ聖書や聖書解釈の参考書を読むことから遠ざかっていたので、また始めてみるか。1日5分でいいから。なんて下手に宣言すると実行できない時に自分に対して非常に気まずくなるので、宣言はしないでおこう。